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忘年会、いえいえ、昔懐かしみ会
師走に入り、主婦にとってはなんとなく気忙しい一年最後の月。
高校三年時のクラスメートの呼びかけで少し早い忘年会に行ってきました。 

今年の正月二日、高校卒業して二回目の担任の先生をお招きしてのクラス会がありました。 一回目は、卒業五年目頃。 まだほとんどが学生か社会人になりたての様な青二才の集まりでした。 それから二十年が経ち今回のクラス会は、通りすがりに逢ってもかつてのクラスメートとは分からない中年のクラス会でした。
そしてそれからというもの、何かにつけてよく会うようになりました。転勤族や海外組もいるのでクラスメート全てとはいきませんが、気のおけない学生時代の仲間とわいわいと集まるのは楽しいものです。
師走といえば忘年会、ま、理由付けは何でもいいのですが、呼びかけに応じた十二人で楽しい食事会となりました。

こういうときの家族の食事は、前もって煮込んでおけるカレーと決まっています。 夫が駅まで送ってくれると言うので、支度を済ませ「送ってね。」と言うと、無理やり夫の携帯を持たされてしまいました。
私、携帯を未だ持っていません。 友達からも家族からも、早く携帯を所持するようにとうるさく言われています。 
糸の切れた凧の私を掴まえるのは至難の業だから・・・??? いや~、違うでしょ。 全てに近い人が携帯を持つようになって、外出中だから、という不在理由はあまり聞かれなくなりました。 だから、家の固定電話以外に連絡するすべがない私は、いつもどこにもいない人、に分類されるのだそうです。
家にいるんですけどね~、はぁ~('A`)
夏に集まった時、えらく盛り上がって帰るのが十一時を回ったので、連絡の取れない私を家族は不安に思ったようです。 いえ、ちゃんとお店の名前も場所も電話番号も書いて行ったんですが、それじゃダメなんですね。 

・・・と、ずいぶん話がそれました。
忘年会とは名ばかりで、今年一年を振り返るわけでも反省をするわけでもなく、ただお喋りと飲んで食べる、昔懐かしみ会なワケです。
学生時代から二十何年という年月を飛ばしての会ですから、それぞれの人生の中間報告会も兼ねているような気がします。 
どこまでが本当でどこからが虚構なのか・・・。
いろいろあったのはみんな同じだと思うのです。 何人か高校時代から引き続き親しく付き合っている友達は、お互いに近況をよく知っていますからややこしい話も感情も抜きで楽しめます。 触れないでほしい話題にはもって行きません。

学生時代の仲間でも、それぞれの生活がリンクしない時空が存在するということを忘れてはいけません。 それぞれの夫や妻、家族、その環境、そこにいるみんながそれらについて話をしたいわけではないんです。 
親しかったのは、親のすねをかじって自分たちの世界観が全てだと信じきっていたあの頃の私達です。 立派な中年になって、現実も虚構も現在も過去も少しは見極めることができるようになった今、こういう会で少しの時間のクロスは生じているけれど、それが全てではない、ということをわかってほしい。
口に出しては言いません。 クラスメート全てが順風満帆な人生を歩んでいるわけではないと、きっと分からないでしょうから・・・。

全ての友達を今いる空間と時間にクロスさせることを行動力だと思うのは、勝手な判断です。 そう思って行動に移すのはいいことだと思う、けれど、それを人にそれとなく強要するのはいかがなものか・・・。
こんなことを感じている私は、やっぱり変わっているのでしょうか。
昔の私は、友達みんな引き連れて遊び歩くことが大好きでした。
ほんのわずかな経験とたった少しの時間が私の考え方や物の感じ方を変えました。 今では、傲慢で独りよがりだった頃の私が恥ずかしくてなりません。 いえ、その頃の私なくして今の私は存在しないわけですから、恥ずかしく思っても嫌いにはなりません。

友達はいろんなことを気付かせてくれる。
自分一人では何も分からない、考えるにも限界がある。

そんなことをふと感じた忘年会でした。
(お酒はもちろん飲みません。ひたすら食べる私です。最後のブタキムチうどん鍋までしっかりと・・・)
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【2006/12/03 23:13】 | 友達 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
ただそこにいる幸せ
親しい、本当に親しい友達と久しぶりに会いました。  
我が家で数時間のお茶会ですが、とても心が暖かくなりました。  
もろもろの事情で今は遠く離れたところで暮らす友達ですが、友達という関係において、時間と空間は時々意味がないのではと思えるくらいほっとした時間でした。  おばさん3人がお互いをぎゅっとハグしているのは、外目にはなんとも異様な絵図?でしょうが、友達に抱き締められるのっていいですねぇ。
その友達がそこにいるのだというだけで、心がすこうし満たされます。  もちろん、家族もそこにいるだけで嬉しい。  でも、友達ってまた違う良さがあるような気がします。

時間や空間を隔てて疎遠になっていく友達も、もちろんあります。仕方のないことですが・・・。  そうかと思うと、親しくお付き合いが始まる人もあります。
人間て、単純で複雑で淋しがり屋で面白くて、そしてやっぱり暖かい。  その関係は面倒くさいこともありますが、私は人が好きです。
このブログの向こう側の存在も‘人’、実生活のお付き合いも‘人’。そこには何らかの感情が存在し、また消えていく。
そう考えるとここ何日かの凹みもなんだかばかばかしくなって・・・。

とことん考えましたので、あとは、LET IT BE!
ただそこにいる幸せ。  小さな楽しみを探す喜びを忘れず、みなさんとここにいる幸せ・・・。
【2006/02/26 16:10】 | 友達 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
友達
懐かしい友達に数十年ぶりに会う。違う時間軸を経て再会する。一番わがままで、それでいて光り輝いていた自分自身を垣間見たような錯覚に落ちる。
くすぐったいような恥ずかしいような妙な時間が流れ、そしてまた、今の私に返る。
たとえ私が老いてその光を忘れようとも、やはり心の中の宝箱には違いない。  間違いなく幸せな時間を、私は過ごしてきたのだ。
妻でもなく、母でもなく、私自身であることの幸せと少しの恥ずかしさ。  小春日和の一日・・・。
【2006/01/23 11:19】 | 友達 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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