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高校の学年懇談会
5月29日、娘の高校の学年懇談会に行ってきました。
年に一度、毎年5月下旬に授業参観・PTA総会、そしてその日の最後に学年懇談会があります。  高校生になっても授業参観があるとは驚きましたが(昨年、今年は2年目になる)、この参観は、全学年・クラスを通してのフリー参観となっていて、自分の子供のクラスだけでなく、どのクラスでも自由に見て回れるというものです。
参観は4時限目なのでその後の昼食時間、学生食堂にて食事希望の保護者には食堂が利用が出来るという、まあ言ってみれば、参観兼施設見学のような行事です。

昨年、初めてこの行事に参加して驚いたこと。
それは、保護者の参加がものすごく多いことでした。
娘のこれまでの小学校・中学校の授業参観やPTA総会とは比べものにはならない参加人数だと思います。  高校なのに・・・。

小学校は頻繁に参観日や親が参加する行事がありますが、それに出て来られる保護者はいつも同じ顔ぶれでした。  参観なんて、40人クラスで見に来られる保護者は、せいぜい14~5人ほど。  それでも息子の学年から見ると、倍以上の参加人数でした。
PTA総会に至っては、役員の数+20~30人と言ったところだったでしょうか。  全校生徒は900人近くもいるという小学校なのに・・・。
学年末の学年懇談会はもっとひどい。  1学年、150~200人の生徒数に対し、学年懇談会の出席数は、毎年30人ほど。  息子の学年なんて、10人と少しの参加、なんてこともありました。

普通、子供の年齢が低いほど学校行事への参加率は高いと思うのですが、私の住んでいる地域は、見事にそれが当てはまりません。
昨日の高校の学年懇談会は、1学年280人の生徒数で、懇談会出席の保護者は、約150人。  昨年は入学早々ということもあり、保護者のために用意されたイスの数は200。  でも足りなくて、急きょイスを50ほど、先に来ていた保護者で並べました。

いったいこの数字の推移は何なのでしょう。
またその学年によって親の参加数がこうも違うのはどういうことなんでしょう。

親の我が子への関心度の高さ、我が子が通う学校への関心度の高さが、見事なくらい行事への出席率として現れてくるものなんですね。  小学校時代の参加率の低さを放任と見るのか、高校の参加率の高さを過保護と見るのか。
その人の意識によりずいぶん見方も変わってくるでしょうが、私の住む地域限定では、自分の子への無関心がそのままクラスのレベルとなり学年のレベルとなり・・・、そして学校のレベルとなっている、そんな気がします。  レベルというより集団の特徴といったほうが、より適切かしら。  

親に自分を見ていてもらいたいから、先生や友達の注目を浴びたいから、回りの皆に特別視されたいから・・・。
大人だってそう。  いつだって誰だって、回りに自分を認めてもらいたい。  だから無関心な人達へ何らかのメッセージをこめて問題行動を起こすのかしら?

高校の学年懇談会の感想から派生して、気になったことを書いてみました。  子供への関わり方をまだまだ模索中のSNAFKINでございます。
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【2006/05/30 11:27】 | つれづれ・・・ | トラックバック(0) | コメント(25) | page top↑
えっ? DVDなの?
この間から、ゲームの合い間に娘がPCで何かを笑いながら見ています。  見るとはなしに覗いてみると、なんだか高校の様子が画面に映ってる。  「何、これ?・・・」
娘曰く、4月に行われた文化祭の準備から当日までを記録したDVDなんだそうな。  え~! DVD?

このお正月に私の高校3年のときのクラス会がありました。
仕事や家庭の事情で集まれたのは、そのときの45人の約半分。  楽しい時間はあっという間に過ぎて、記念写真でも撮るのかと思っていたら、そういうことに長けた友達が、デジカメでとった写真とクラスメートのHPやブログなんかを全部編集して、CDにして送ってくれるという。  
すごい!  私はもう感激しちゃって、家族や友達に自慢しちゃいました。  自分がしたわけでもないのに妙に同級生の頑張りが嬉しくって、そのCDを家族皆で何度も見返しました。

娘は・・・、娘の学校は、DVDなんかで文化祭の様子を保存してくれるのか・・・?。  今時の高校ってみんなそうなの・・・?
私 「で、DVDはいくらするの?どこの業者さんがしてくれたの?
   それとも学校の先生が?」
娘 「一枚100円。 友達がしてくれたんだよ。クラスごとに誰か彼
   かしてるみたいだよ。先生も業者さんもノータッチ!」

えー!
だって、テロップもエンドロールも入ってるよ。  カット割りなんかもしてあって、ちょっとしたドキュメント仕立てになってるじゃん!
で、こんなのをクラスごとにする子がいるの?

娘 「私達2年より3年の先輩のDVDの方がもっとすごいよ。
   テーマがちゃんと設定してあって見ごたえある出来だよ。」

そうなんだ。  私は完全に時代から取り残されてる?
今時の高校生って、こんなことお茶の子さいさいなの?
なんだか、あまりの時代のギャップにずーーーんとショックなSNAFKINでございます。
【2006/05/27 13:53】 | 家族の話 | トラックバック(0) | コメント(21) | page top↑
はまってます
面白いんです!  はまってます。
マイファミリーブームです。

何が?
・・・笑わないで下さいね。  ゲームなんです。
○天堂の『動物の森』。  発売されてからもうずいぶんと経つらしいのですが、うちでやり始めたのはつい最近なんです。  高校生の娘が友達から借りてきました。  発売当初お小遣いが足りなかったので、いつかそのうちと思っている間に、中古ゲームとして市場に出回り始めたそうです。  そうなると、興味が失せてしまっていたのが、ただで無期限で貸してもらえるとなると、がぜんやる気を出して○天堂64に向かい始めました。

これ、最近も最近、中間試験1週間前に突入してからの話です。
「ったくテスト前になってから何やってるんだか・・・!」
と、ちょっと声を荒げてしまいました。
娘曰く、「見たいTVも我慢する、休憩時間はゲームのみ。マンガも読まない。」  ・・・ま、いっか・・・。
しかし、やりたいゲームとテストが重なると、こんなに勉強するもんなんだ!  ゲームをするのに文句を言われないがために、ものすごい集中力。  この手、次のテストにも使えるかしら・・・。

うちにはゲーム専用のTVはありませんので、ゲームをしていると当然TVは見れません。  どうしても見たいTV番組と重なると、TV希望者がPCでTV番組を見ていました。  (ゲームをする時間を厳しく区切ってもこういうことが時々あります)
が、このゲームは、家族皆で見ていて面白いんです。
同時PLAYは出来ませんが、4人まで記録して交代PLAYが出来るようになってました。  そばで見ていた息子も途中参加し、2人で交代でやり始めました。  試験勉強の休憩時間を微妙にずらして、勉強とゲームに励むといった奇妙な1週間でしたが、なかなかうまい時間の使い方だったように思います。

そして、私・・・。
いいえ、ゲームには参加しません!  でも、見ていてほんわか面白い。  そう見ていて・・・。  爪を切りながら・・・やすりをかけながら・・・。
おちがそれかい!って、言わないでぇ~!
そうなんです。  子供のゲームを見ながら爪を研いでいたら、深爪になってしまった・・・。  何本も・・・。
その時、気付かなかったんです。  後になって、あれぇ、指が痛い、って気付くの遅すぎ!

ちなみに夫は・・・、プリンをこぼしました、ドボッて・・・。

ああ、指先は痛くとも、こんな小さな幸せがとってもとっても嬉しいSNAFKINでございます。

【2006/05/25 13:36】 | つれづれ・・・ | トラックバック(0) | コメント(11) | page top↑
解放感
子供達の中間試験も2人とも今日が最終日。 子供達もきっと喜んでいるでしょうが、私だって解放感に浸っているのです。
   何の?
いや、だからですね、試験だから一応気遣ってる振りなんかしてるわけです。  この‘振り’ってあたりが結構疲れるんですねぇ。
そして、両方の指、何本かの深爪の強烈な痛みからの解放感。
いいですねぇ、PCのキーを打てるっていうのは!

普段爪を切るとき、特に手の爪を切るとき深爪しないよう細心の注意を払って切ります。
独身時代、マニキュアを塗るため必要以上に長く伸ばした爪。
でも今は、短く切りそろえやすりを丁寧に掛ける私。  お母さんになったからかなあ・・・。  ちゃんと料理をするようになったからかなあ・・・。

そう、細心の注意を持って切っていたはずなのに、それなのに・・・。
久しぶりにやってしまった、深爪。
何をするのも手先が痛い。 そりゃ、同時に何本も深爪すりゃあねえ。

自分のブログの口述筆記を子供達に頼めるはずもなく、痛くない指のみでパコパコ打つイライラ感に耐えられるわけもなく、そして・・・。
   解放感!
少し赤みが残る指先が変に愛おしい。

てなわけで、久しぶりの更新をしているSNAFKINでございます。今月は何かと不調続きで、まるでお天気のよう・・・。
それでもお気楽なSNAFKINの日常でございます。
【2006/05/24 10:56】 | つれづれ・・・ | トラックバック(0) | コメント(18) | page top↑
叱るとは?
常日頃からふとしたときに考え続けていることがあります。
叱る=怒る は成立するのか?
叱っている時に冷静になれるのか?
逃げ道のある叱り方とは?

誰だって叱られるのは嫌いなはず。
でも叱られるようなバカなことを言ったりしたりしながら暮らしてる。
親になって気付いた。  叱られるより叱るほうがエネルギーを使うことに、叱ってくれる人は自分の味方であることに。  また、叱る対象に愛情を覚えなければ、決して叱る事もないことに。

私の場合、子供を叱るとき冷静でなんていられない。  ま、いっか~、なんて事では叱らないし、そんなことぐらいって思うことは話せば済む。
でも、叱るときは、私の全感情で怒っているように思う。  人を、自分を、傷つける事を言った、した、迷惑を掛けた、私の中の倫理観と常識にすこぶる反する事を言った、した。  そんな時は、何をさておき怒る。  

私は直情型の人間である。  私の中では、叱る=怒る が成立してしまう。  格好もつけず本音で、子供を叱っているときは全身全霊で怒っている。  もっと本音を言えば、それを悪いとは思っていない。  きれいごとで「子供を叱るときには冷静に」な~んて言われると、不可能だと思ってしまう。  冷静に考えて叱るべきだと判断したから、子供のしでかした叱るべき事象に腹が立つし、情けないと思う。  そして、怒る。  

叱っている最中に冷静になることは、確かに必要だ。  叱っている内容がそのことから逸れていないかどうか、本人そのものを否定していないかどうか、長時間叱っていないかどうか・・・。
叱っている最中にそんなこと考えない。  だから、叱る前に考えておく。  叱る=怒る は成立するが、叱る=説教する は成立しない。叱っているときの怒るは感情そのものであるが、感情の吐き出しとは違う。  母は、そのことに対し怒っているのだ、だから、そのことをしたあんた達を叱っているのだ、と言ったほうが正しいかもしれない。

叱りながら、逃げ道を与えてやれるか?
・・・難しい。  出来ない、と言うより逃げ道が何なのかわからない。  考えて、考えて、でもわからない。  叱り方が違うの?  いけないことをしたと反省を促すために叱っているのに、逃げ道があっていいの?  それでまた同じことを繰り返さない?

とあるブログに素直にその疑問をぶつけてみた。
きんたろうさんの『壊れた心を取り戻す』という、心のプロセスを探った読み応えのある、また私にとってとても考えさせられるブログ。  何が正しいとか正しくないとか、そんなことではなく、心はひとつではなく、またいろんな方へ寄り道もするし傷ついて痛むことだってある。そんなようなつれづれが、わかりやすくご自分の例を交えながら書いてある。

きんたろうさんの考え方に、ビックリもしたが、同時に納得できる自分を発見した。  以下、きんたろうさんの許可のもと記事の抜粋を載せてみたい。

『「あなたの為よ」という 正当性の元に 親の意図を絡み合わせ 親の子供にはこうあってほしいという欲求だけにとらわれ子供を毎日見つめる。 これは、子供を見つめるというより監視している状態に近いのではないかと思います。
このような状態で 何を叱っても 何を褒めてやっても 子供たちは監視されている事に 気をとられ 監視している親の意図を読み取り受け入れられるリアクションをとることに 一生懸命になり 安らぎや落ち着いた時間を奪われ緊張した時間が増えるだけです。
この緊張した時間が家庭にいる間続く事 これが【逃げ場の無さ】ではないでしょうか?
親である私達が 完璧だと思えば思うほど その思い上がりが 高いところから見下げる視線を作り 居心地の悪い家の中に居場所を無くす意識していなくても子供には そんな雰囲気は伝わるのではないかと思います。
どんな内容で叱られたとしても 私たち親の背景にある要求というものが 子供には見えているのではないかと感じるのです・・・・
結局、良かれと思って叱っていても 子供たちは 叱ってる私たちの
後ろのあるものだけに気をとられ 「また始まった・・・」という感覚しか ないのではないかと考えてみると・・
この「また始まった・・」は 私たち親の気分が晴れるまで終わらない
ということでも在るのではないでしょうか?
親の気分が晴れるまで 子供たちがうなずくまで 逃げ場は無いということです。
そんな一方通行の叱りを幼い頃から繰り返していけば 思春期になる頃には ほとほと嫌気がさして その逃げ場の無いイライラを 何かに向けなければならなくなるのではないかと考えています。
私たち大人でも、厳しい評価の視線の中で監視され仕事をしたとすれば その閉塞された環境に逃げ場の無さを感じることだろうと思います。
もしその厳しい評価をする人が ニコッと笑ってくれたら・・
心が少し緩和され受け入れて貰えたと言う感覚が気持ちをホッとさせる のではないでしょうか?
最終的な結論として考えてみると 叱られる原因になることだけを見て 指摘しているのか 自分の理想や意図を持ち続け見つめているのか指摘しているのか そして、叱った後 子供たちを受け入れる区切りが付いているのか?
叱ることより、受け入れることを中心に考えたほうが 子供も親である私たちも楽ではないかと思いました。
良い人間にする為に叱り続け 叱るタイミングや理論ばかりに気をとられ 暖かい場所や情緒を見失う事が 逃げ場のない叱り方ではないかと考えました。』

本当に一部のみの抜粋です。
きんたろうさん、全部転載出来ずにごめんなさい。
そして、考え浅はかな私の質問に真剣に答えて下さりありがとうございます。

ちょっと心の有り様を考えているSNAFKINでございます。
とてもおろかな自分をさらけ出し恥ずかしいのですが、ここしばらく考えに考えていたことなので記事としてUPしました。
逃げ道のある叱り方については、まだまだ考えていくつもりです。
【2006/05/16 17:49】 | つれづれ・・・ | トラックバック(0) | コメント(17) | page top↑
校長先生のお話
不慮の事故でなくなられたN先生について、全校朝礼で校長先生がお話をされたそうです。  息子が学校から帰ってきて、怒り全開で話し始めました。

息子の話・・・

N先生が亡くなった用水路って深さ80cm幅60cmだってさ。  校長先生、わざわざ確認しに行ってきたんだってよ!  それも場所がわからなかったから、近所の人に聞きまわって行ったんだって。  そこでどんなふうに倒れてたとか、いろいろ聞いて回ったんだってさ。  巻尺持っていって計ってきたのかよ、って言いたくなった。  おまけにお通夜のずいぶん前に家に行って、死体を見てきたんだって言ってた。  普通さ、死んだ人の顔って言わないか?  死体って言ったんだ、あの校長!  一人の人間が死ぬってことをどう思ってるんだ!  興味本位で聞くことじゃねえ!  
おかん、おかんだったら絶対そんなこと聞きに行かないし、噂で聞いても人の前で言わんよな。  なんだかTVのワイドショーの話を聞いてるみたいだった。  朝礼から戻るとき、あの校長イカレテル、って皆で話してたんだ。  おかん、どう思う?  俺、あの校長好かん!  N先生が死んだことネタにしやがって・・・。  校長かもわからんが、人間的にどうかと思う。

要約すればこんなところ。  実際の息子はずいぶん頭にきてたらしく、言葉遣いはもっと荒々しくてちょっとそのまま書くにははばかられる言葉が多かったので、すこうし丁寧に直しました。

おかん(私のこと)は、そんな事しないし、言わない。  よく自分の母親のことわかってきたじゃない!  っていうか、問題はそんなことじゃない。  息子が校長先生のことを信頼しなくなりそうなこと、大問題です。  急に校長先生に対してそう思うようになったのではなく、この4月に赴任して来られてから校長先生の話がよく息子の口から出る。  そりゃあそうだろうね。  PTAの間でも評判はよくない。でも、そんなこと息子に言えません。  無い頭で必死に考えながら、こじつけ話をしました。

私の話・・・

ひとりの現役の先生がお亡くなりになるっていうのは、あんた達生徒にとってはかなりショックなことでしょ?  憶測話や変な噂話に惑わされることがないよう、そしてちゃんとN先生の死を受け入れられるよう、きっと校長先生はそう思われたのよ。  生きているあんた達には毎日の生活があるんだからね。  その中でもきちんと考えなさいってことでしょ。

あ~、はっきり言って、校長先生のフォローは無理です。
自分で喋ってる口調が変だと思い、さっさと話を切り上げてしまいました。  息子よ、そうやって友達といろんな話をして考える頭を養ってね!

しかし、自分の息子の少しの成長が嬉しかったSNAFKINでございます。
【2006/05/11 15:59】 | つれづれ・・・ | トラックバック(1) | コメント(30) | page top↑
まさに地獄のゴールデンウィーク!
いやぁ~、すっかり世間並みにゴールデンウィークを満喫し・・・、てなわけないSNAFKINでございます。  しかし、ブログの方はしっかりお休みをいただいた、いえ、忙しさにかまけ更新をサボっていたのでございます。  

夫も子供達もそれぞれのなすべきところへ向かい、やっと私のお休み・・・いやいや、平凡な日々を取り戻した、やったー!

5月に入り、中学校の参観日、PTA総会、役員会・・・とさまざまな学校行事で2日間をつぶし、3日からの好天のもと、家の中の冬模様を一掃すべく洗濯機君の力を借り全力で片付けにいそしんでいた私です。  子供達はもちろん、それぞれの部活の公式戦。  お弁当を一人2つずつ持って出掛けて行きました。  結果は・・・、敗退!  詳しくは書きませんが、お母さんの作ったお弁当は美味しかった・・・って、何しに行ったんじゃー!

片付けも終盤になって、ああ・・・。

息子が部活から帰ってくるなり、こう言った。「お母さん、中学校のN先生が亡くなられたそうだよ。  部活の顧問のA先生が、事故だったって仰った。」  えー、役員の連絡網ではまだ流れてきてない、と思った途端、電話が鳴った。  私と仲の良いその役員仲間は、「子供達には事故ってことにしてあるみたいだけど、実のところ、お酒の飲みすぎで亡くなったらしいよ。」と・・・。  彼女が言うには、同窓会帰りいつものごとく飲み過ぎて、家の近くでタクシーを降り、農業用水路に落ちてそのまま・・・。  今の時期、用水路にはまだ水はちょろちょろとしか流れていない。  打ち所が悪かったんだろうね、と彼女は締めくくった。

アル症の夫を持つ私には、打ち所が悪かったのではなく、そんな惨めな死に方がアル症にはふさわしいと思ってしまった。
その先生、よくお休みになる。  まだ50歳前というのに、恐ろしく顔色が悪く体力がない。  PTAと飲みに行っては、飲みすぎて失敗ばかり。  飲みすぎて階段から落ちて、頭を十数針縫う大怪我。  その傷も治りきらない間に又次の怪我。  こんな話、一般の保護者には流れない。  役員だからこそわかることってある。

それって、酒癖が悪いんじゃなくて、完璧なアルコール依存症じゃん!だって先生、時々学校の中でもコロンの香りに混じってお酒の匂いがしてた。  多分、そんなことに気付いているのはお酒に敏感になってる私ぐらい。  子供にもきっと隠しきれないと思う。  新聞の地方版に出てたもん。  学校の先生とはさすがに書いてなかったけど、『公務員、大量飲酒で用水路に落ち、そのまま死に至る』、読む人が読めばすぐわかっちゃうよ・・・。

お通夜はものすごい人だった。  現役の中学校教師だからね。  参列した役員の中には、教師にあるまじき死因だとはっきり言う人もいた。  どんな人でもどんな死因でも、亡くなってしまえばそれまで。過去の生き様はどうあれ、人間としての姿かたち、生あるものとしての許可書を取り上げられてしまえば、その人はそれまで。  問題は後に残された者達なんだよ、って、叫びそうになった。

どうしてお酒を飲むのさ!  お酒がなくったって人生結構楽しめるのに・・。  自分がいて家族がいて友達がいて。  考える頭があって感じる心があって、明日があるのに。

ゴールデンウィーク最後の行事は、県断連の家族例会。  複雑な気持ちで参加しました。  所属断酒会代表で体験談を発表しました。  断酒している今現在の家族の気持ち、息子の反抗期、未だ父親としての自覚に薄いこと、それでも明日に向かって家族4人明るい気持ちで暮らしていること・・・。
話しながら昨夜のお通夜がフラッシュバックして、頭の中がぐ~るぐ~る。  何とか話し終えて、無性に水が飲みたくなりました。

今日はいいお天気です。  残っている冬用品を今週中には片付けるぞ!  あと半分くらいかな・・・。
【2006/05/08 16:04】 | つれづれ・・・ | トラックバック(0) | コメント(28) | page top↑
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