スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
そんなことは・・・早く言えよ!
昨日の記事、冬の朝に窓枠サッシを拭く・・・、これには因縁話があります。

小さな小さな我が家ですが、夫婦二人でこつこつ貯めたお金と足らずはもちろん住宅ローンで、無い頭を使って考えて考えて建てました。
建ててから何年かの間は、家の定期検査に担当さんが来てくれます。
ある日の検査日、担当さんのみならずうちを設計してくれた設計士さん、営業さんまで懐かしい人達が、近くまで来たからと寄ってくれました。 お茶を飲みながら、家についていろんな話に花が咲きました。

家もどんどん進化していて、建てる前からその工法やまた予算などによってその家の住み心地や便利さは格段違ったものになります。 そりゃあ、資金が豊富にあって敷地も広ければ言うことはありません。 でも、私達には資金も敷地もそのほかいっぱいの制限があって、その中で出来るだけ自分たちが住みやすいように考えたつもりです。

話をする中で、冬のサッシの結露を拭くのは結構大変だ、と私が言うと・・・。
『玄関ドアと同じ素材で窓サッシもあるんですよ。でも、家ぜんぶにそれを使うと百万円ぐらいアップするんです。よほどのおうちじゃないと窓サッシにそれを使いませんね。』
いや、よほどのおうちじゃなくても私はその窓サッシにしたかった!

設計の段階で、窓ガラスの結露については設計士さんと相談し、ペア窓ガラスのちょっと特殊なもので結露をほとんどしないものを選びました。 サッシについては結露しないものがあるなんて説明もなかったし、私も聞きもしませんでした。

以前住んでいた社宅の家中の結露がすごかった・・・!
窓からドアからもう拭くだけで疲れました。 建築後四十年の古い鉄筋の四階建ての三階に十何年住んでました。 安い社宅費で結構な広さもあったし、何よりもそこに住む人達に本当に良くして頂いて、毎日結露を拭くぐらい何てことはなかったのです。 結露を拭くのは疲れたけれど、一生住む家じゃないんだから、と割り切って・・・。

でも、新しく家を建てるのなら結露は・・・拭きたくな~い!
この思いで一生懸命考えたのに、窓サッシまで頭が回らなかった私。
一生冬になると窓サッシの結露を拭くのね・・・、六十になっても八十になっても! 
年をとって結露を拭くのはもっとつらいと思うんです。 
最初に百万円アップしても、後はローンですもん、何とか返して行きます。 結露を一生拭くよりは、百万円でしょ!
それに・・・窓枠って、家を建てた後からでは取り替えられません。

よほどのおうちじゃなくても、結露しない窓サッシにしたかった!
設計士さん、営業さん、
       そんなことは・・・早く言えよ! 
スポンサーサイト
【2006/12/09 23:54】 | つれづれ・・・ | トラックバック(3) | コメント(24) | page top↑
指先が‘しんっ’!
冬の朝の私のすること。
冬に、です。

結露した窓のサッシを拭くこと。

窓ガラスはあまり結露しません。 家を建てるときそこらへんは一応考えましたので、窓ガラスは結露しにくいものを選びました。
でも、窓枠・・・サッシは結露するんです、思いっきり!

朝、家人が出て行った後、洗濯物を干すよりも先に各部屋の窓サッシを拭いて回ります。 これがまた辛いんです。 暖房が効いているリビングや台所はいいんですが、それぞれ個人の部屋はさむ~い・・・。
最初乾いている雑巾もそのうちグッショリなって、つめた~い。
何度も雑巾を絞って拭いてまわります。

すぐに、指先が‘しんっ’て冷たくなって、感覚すらなくなってきます。 この指は誰のなの?って感じです。

どこの家のお母さんもこうやって自分の体の冷たいのを我慢して家事をしてるんだから、って自分を励ましてます。

ああ!
今日も指先が‘しんっ’
【2006/12/07 10:48】 | 日々の仕事 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
おいおい・・・
ただいま我が家はテストウィークです。息子の期末テストが昨日終わり、今日からは娘の期末テスト。
そりゃあ本人達が一番気が重いでしょうが、母の私だってなんとなくテスト中は気が重い・・・。 そんな中で、うちの息子の笑える話。 あいつ、ホントに自分のことがわかってな~い!

小学校高学年になる頃から、どこで調べたのか、大量に送られてくる塾や家庭教師・通信教育のダイレクトメール。 参考には読んでますが、ゴミの量を増やしていることにちょっとイラついたりもします。
中学生ともなると、結構、塾と通信教育のダブルで勉強している生徒が多いらしい(息子談)。
うちの息子も一時期通信教育をやらせてくれってうるさかった時期があります。 息子の性格から言って、強制力の少ないこの手の勉強方法は絶対長続きしません。 
昨日テストが終わって家で昼ご飯を食べているとき・・・。

息子「クラスの大半が通信教育の何かカンか取ってるらしい。
   みんなよくやってるよ。俺は無理だな。」
私(そうそう、よくわかってるじゃん。)
息子「以前はさ、それについてる付録だったりポイント集めて応募す
   る景品が欲しかったんだけど、今はちょっと大人になったから
   そんなものに興味はないしね。」
私(ふ~ん、ただ単に欲しい物が載ってないだけじゃないの。)
息子「ああいうのって、馬の鼻先のニンジンと一緒だろ?
   ご褒美もらうために勉強してるわけじゃないんだからさ。
   勉強って自分のためじゃん?目の前に餌がなくても、いつか自
   分になんかの形で返ってくるって信じてやらなくちゃ意味無いよ
   ね。」
私(立派な事言うようになったじゃん!)

おお! 我が息子よ! 一人前の大人になりつつあるか・・・。
と、この母が思うわけないでしょ!
大体、テスト初日に学校から帰ってきて言ったあの言葉はなんだったの?

息子「お母さん、今回のテストものすごく自信があるから、百点一枚
   に付きお小遣い百円くれない?ぜんぶ百点だったら九百円に
   なるから、おまけして千円にしてよね。」
私「一枚百円はとりすぎ。五十円だったら考えてあげてもいいよ。」

物で釣るのは良くないとわかっていながら、息子の自信ありげな態度にちょっと嬉しかった私です。 そして内心、(あり得ない・・・。今までもそう言ってはケアレスミスで百点を逃してるんだから)と思ったりしてました。 これが先週金曜日、テスト初日の話。

そして昨日。
・・・。
おいおい・・・。
私「偉そうに馬の鼻先のニンジンなんて言うんじゃないわよ!
  あんた、自分がテスト初日に言ったこと忘れたの?百点一枚に
  付き五十円と通信教育の景品と何がどう違うのさ。
  ったく、自分の言ってることがわかってんの?
  よ~く考えてみなさい。人の事をとやかく批判する前にわが身を
  振り返って鏡に映してみなさい。」

ああ! やっぱり私の息子だわ!
そのあまりの中身の軽さに呆然としてしまったのでした。
何のために勉強するのか、そんなこと母だってわかりゃしない。
それを一生かかって考えていくのも、また良かろうと思っている私です。

そして実際何枚百点が取れたのかどうか・・・。
それは後日のお話として・・・。
【2006/12/06 10:32】 | 家族の話 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
冷たい風
洗濯物を干す指先がしんっ、てそのまま動きが鈍くなる、そんなこの頃の冷たい風。
あちこちで雪の便りが聞こえ始めました。
私の住む地方は比較的温暖なところですが、それでも冬の風の冷たさには何もする気がなくなってしまいます。

雲の流れが速く、その姿かたちが風によってどんどん変えられていく・・・。 夏の雲はドンと居座って、見ているだけでも汗が出るけれど、流され崩され寄せ集められる冬の雲は、なんとなくそれだけでもの悲しいものがある、って、私だけかなあ、こんなこと考えながら雲を追いかけてんのは。

風の冷たさが日々の家事に実感できるようになったら、年末の大掃除です。 あ! 雲にかまけてやりたくないのがバレバレでしたね!
【2006/12/04 14:18】 | お天気 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
忘年会、いえいえ、昔懐かしみ会
師走に入り、主婦にとってはなんとなく気忙しい一年最後の月。
高校三年時のクラスメートの呼びかけで少し早い忘年会に行ってきました。 

今年の正月二日、高校卒業して二回目の担任の先生をお招きしてのクラス会がありました。 一回目は、卒業五年目頃。 まだほとんどが学生か社会人になりたての様な青二才の集まりでした。 それから二十年が経ち今回のクラス会は、通りすがりに逢ってもかつてのクラスメートとは分からない中年のクラス会でした。
そしてそれからというもの、何かにつけてよく会うようになりました。転勤族や海外組もいるのでクラスメート全てとはいきませんが、気のおけない学生時代の仲間とわいわいと集まるのは楽しいものです。
師走といえば忘年会、ま、理由付けは何でもいいのですが、呼びかけに応じた十二人で楽しい食事会となりました。

こういうときの家族の食事は、前もって煮込んでおけるカレーと決まっています。 夫が駅まで送ってくれると言うので、支度を済ませ「送ってね。」と言うと、無理やり夫の携帯を持たされてしまいました。
私、携帯を未だ持っていません。 友達からも家族からも、早く携帯を所持するようにとうるさく言われています。 
糸の切れた凧の私を掴まえるのは至難の業だから・・・??? いや~、違うでしょ。 全てに近い人が携帯を持つようになって、外出中だから、という不在理由はあまり聞かれなくなりました。 だから、家の固定電話以外に連絡するすべがない私は、いつもどこにもいない人、に分類されるのだそうです。
家にいるんですけどね~、はぁ~('A`)
夏に集まった時、えらく盛り上がって帰るのが十一時を回ったので、連絡の取れない私を家族は不安に思ったようです。 いえ、ちゃんとお店の名前も場所も電話番号も書いて行ったんですが、それじゃダメなんですね。 

・・・と、ずいぶん話がそれました。
忘年会とは名ばかりで、今年一年を振り返るわけでも反省をするわけでもなく、ただお喋りと飲んで食べる、昔懐かしみ会なワケです。
学生時代から二十何年という年月を飛ばしての会ですから、それぞれの人生の中間報告会も兼ねているような気がします。 
どこまでが本当でどこからが虚構なのか・・・。
いろいろあったのはみんな同じだと思うのです。 何人か高校時代から引き続き親しく付き合っている友達は、お互いに近況をよく知っていますからややこしい話も感情も抜きで楽しめます。 触れないでほしい話題にはもって行きません。

学生時代の仲間でも、それぞれの生活がリンクしない時空が存在するということを忘れてはいけません。 それぞれの夫や妻、家族、その環境、そこにいるみんながそれらについて話をしたいわけではないんです。 
親しかったのは、親のすねをかじって自分たちの世界観が全てだと信じきっていたあの頃の私達です。 立派な中年になって、現実も虚構も現在も過去も少しは見極めることができるようになった今、こういう会で少しの時間のクロスは生じているけれど、それが全てではない、ということをわかってほしい。
口に出しては言いません。 クラスメート全てが順風満帆な人生を歩んでいるわけではないと、きっと分からないでしょうから・・・。

全ての友達を今いる空間と時間にクロスさせることを行動力だと思うのは、勝手な判断です。 そう思って行動に移すのはいいことだと思う、けれど、それを人にそれとなく強要するのはいかがなものか・・・。
こんなことを感じている私は、やっぱり変わっているのでしょうか。
昔の私は、友達みんな引き連れて遊び歩くことが大好きでした。
ほんのわずかな経験とたった少しの時間が私の考え方や物の感じ方を変えました。 今では、傲慢で独りよがりだった頃の私が恥ずかしくてなりません。 いえ、その頃の私なくして今の私は存在しないわけですから、恥ずかしく思っても嫌いにはなりません。

友達はいろんなことを気付かせてくれる。
自分一人では何も分からない、考えるにも限界がある。

そんなことをふと感じた忘年会でした。
(お酒はもちろん飲みません。ひたすら食べる私です。最後のブタキムチうどん鍋までしっかりと・・・)
【2006/12/03 23:13】 | 友達 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。