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叱るとは?
常日頃からふとしたときに考え続けていることがあります。
叱る=怒る は成立するのか?
叱っている時に冷静になれるのか?
逃げ道のある叱り方とは?

誰だって叱られるのは嫌いなはず。
でも叱られるようなバカなことを言ったりしたりしながら暮らしてる。
親になって気付いた。  叱られるより叱るほうがエネルギーを使うことに、叱ってくれる人は自分の味方であることに。  また、叱る対象に愛情を覚えなければ、決して叱る事もないことに。

私の場合、子供を叱るとき冷静でなんていられない。  ま、いっか~、なんて事では叱らないし、そんなことぐらいって思うことは話せば済む。
でも、叱るときは、私の全感情で怒っているように思う。  人を、自分を、傷つける事を言った、した、迷惑を掛けた、私の中の倫理観と常識にすこぶる反する事を言った、した。  そんな時は、何をさておき怒る。  

私は直情型の人間である。  私の中では、叱る=怒る が成立してしまう。  格好もつけず本音で、子供を叱っているときは全身全霊で怒っている。  もっと本音を言えば、それを悪いとは思っていない。  きれいごとで「子供を叱るときには冷静に」な~んて言われると、不可能だと思ってしまう。  冷静に考えて叱るべきだと判断したから、子供のしでかした叱るべき事象に腹が立つし、情けないと思う。  そして、怒る。  

叱っている最中に冷静になることは、確かに必要だ。  叱っている内容がそのことから逸れていないかどうか、本人そのものを否定していないかどうか、長時間叱っていないかどうか・・・。
叱っている最中にそんなこと考えない。  だから、叱る前に考えておく。  叱る=怒る は成立するが、叱る=説教する は成立しない。叱っているときの怒るは感情そのものであるが、感情の吐き出しとは違う。  母は、そのことに対し怒っているのだ、だから、そのことをしたあんた達を叱っているのだ、と言ったほうが正しいかもしれない。

叱りながら、逃げ道を与えてやれるか?
・・・難しい。  出来ない、と言うより逃げ道が何なのかわからない。  考えて、考えて、でもわからない。  叱り方が違うの?  いけないことをしたと反省を促すために叱っているのに、逃げ道があっていいの?  それでまた同じことを繰り返さない?

とあるブログに素直にその疑問をぶつけてみた。
きんたろうさんの『壊れた心を取り戻す』という、心のプロセスを探った読み応えのある、また私にとってとても考えさせられるブログ。  何が正しいとか正しくないとか、そんなことではなく、心はひとつではなく、またいろんな方へ寄り道もするし傷ついて痛むことだってある。そんなようなつれづれが、わかりやすくご自分の例を交えながら書いてある。

きんたろうさんの考え方に、ビックリもしたが、同時に納得できる自分を発見した。  以下、きんたろうさんの許可のもと記事の抜粋を載せてみたい。

『「あなたの為よ」という 正当性の元に 親の意図を絡み合わせ 親の子供にはこうあってほしいという欲求だけにとらわれ子供を毎日見つめる。 これは、子供を見つめるというより監視している状態に近いのではないかと思います。
このような状態で 何を叱っても 何を褒めてやっても 子供たちは監視されている事に 気をとられ 監視している親の意図を読み取り受け入れられるリアクションをとることに 一生懸命になり 安らぎや落ち着いた時間を奪われ緊張した時間が増えるだけです。
この緊張した時間が家庭にいる間続く事 これが【逃げ場の無さ】ではないでしょうか?
親である私達が 完璧だと思えば思うほど その思い上がりが 高いところから見下げる視線を作り 居心地の悪い家の中に居場所を無くす意識していなくても子供には そんな雰囲気は伝わるのではないかと思います。
どんな内容で叱られたとしても 私たち親の背景にある要求というものが 子供には見えているのではないかと感じるのです・・・・
結局、良かれと思って叱っていても 子供たちは 叱ってる私たちの
後ろのあるものだけに気をとられ 「また始まった・・・」という感覚しか ないのではないかと考えてみると・・
この「また始まった・・」は 私たち親の気分が晴れるまで終わらない
ということでも在るのではないでしょうか?
親の気分が晴れるまで 子供たちがうなずくまで 逃げ場は無いということです。
そんな一方通行の叱りを幼い頃から繰り返していけば 思春期になる頃には ほとほと嫌気がさして その逃げ場の無いイライラを 何かに向けなければならなくなるのではないかと考えています。
私たち大人でも、厳しい評価の視線の中で監視され仕事をしたとすれば その閉塞された環境に逃げ場の無さを感じることだろうと思います。
もしその厳しい評価をする人が ニコッと笑ってくれたら・・
心が少し緩和され受け入れて貰えたと言う感覚が気持ちをホッとさせる のではないでしょうか?
最終的な結論として考えてみると 叱られる原因になることだけを見て 指摘しているのか 自分の理想や意図を持ち続け見つめているのか指摘しているのか そして、叱った後 子供たちを受け入れる区切りが付いているのか?
叱ることより、受け入れることを中心に考えたほうが 子供も親である私たちも楽ではないかと思いました。
良い人間にする為に叱り続け 叱るタイミングや理論ばかりに気をとられ 暖かい場所や情緒を見失う事が 逃げ場のない叱り方ではないかと考えました。』

本当に一部のみの抜粋です。
きんたろうさん、全部転載出来ずにごめんなさい。
そして、考え浅はかな私の質問に真剣に答えて下さりありがとうございます。

ちょっと心の有り様を考えているSNAFKINでございます。
とてもおろかな自分をさらけ出し恥ずかしいのですが、ここしばらく考えに考えていたことなので記事としてUPしました。
逃げ道のある叱り方については、まだまだ考えていくつもりです。
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【2006/05/16 17:49】 | つれづれ・・・ | トラックバック(0) | コメント(17) | page top↑
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コメント
こんばんは~。久々一番乗り(^^) 珍しい~。

「逃げ道のある叱り方」って、とても大事だと思います。

私は・・・叱る=怒る、とは思ってないのね。
「叱る」は、その裏には「愛」がある。だから、叱ってくれてありがとうになっていく。
「怒る」は、その裏に「悲しみ」がある。だから、突き詰めていく。

大人であることが完璧ではないし、子どもより優れているわけではないのにね。
親は子どもによっても育てられていくのだと思うから。
いろいろなことに、逃げ道は必要。
子どものいない私は、自分で自分を育てないといけません(;へ:)

違う観点からのコメント、邪魔になってしまったらごめんなさい。
【2006/05/16 23:36】 URL | ゆるねね #-[ 編集] | page top↑
言わずにおれない ぐっさん。です。

まだ子供は居ないので 的を得ているか分かりませんが、確かに逃げ場とか叱り終えた時みたいなものは 叱られる側にとって重要かもしれませんね。

叱られる側の立場しか分からないですが、叱るときは 感情込めて しっかり怒って叱って欲しいです。そうじゃないと 伝わる物がないと思います。それは否定する必要ないと思う。でも時々は冷静になるというか 怒りながら振り返ることは大事と思います。

叱ることだけでなく、話を聞くこと、考える時間を与える、何でそうしちゃったのか 何でそうなっちゃったのか 一緒に反省すること が必要なんじゃないかな って思います。そのタイミングっていつなのか 何かやらかすたびに毎回しなければならないか、子供の年齢 いろんな要素があって 一概に言えないとは思いますが。

でも こんなに しっかり考えて 子育て、そして旦那さんのことを考えてる SNAFKINわたこさんって 凄いなと思います。俺が家庭を持つのは当分先になるかもしれませんが そんな大人になれたらと思います。


後輩を叱っても 全く響かずで 人望ゼロですわー
(ノ_・、)
【2006/05/17 00:07】 URL | ぐっさん。 #-[ 編集] | page top↑
こんにちは!

叱る、怒る・・・、難しいですよね。
本気で伝えようとすれば、何らかの形でパワーが過剰になりがち。。
だけど、そこに恐怖心がなければ、感情的になったとしても本意は伝わると思うのです。

例えば、私の父は説教の際に激高して必ず手をあげるのですが、
こうなると、そうなった理由よりも恐く痛かったという感想しか残らないんですよね。
叱られた人の、体ではなく“心”を痛くすることができなければ、過ちを正したことにはならないと思うのです。

ちなみに、言い訳と説明、釈明も難しくありませんか?
受け手の感情次第で、正当にも卑怯にも感じるような気がします。

自分に余裕がないと、いろんなことが難しいなぁと思うdoborinでした。
【2006/05/17 17:35】 URL | doborin #-[ 編集] | page top↑
ゆるねねさん、こんにちは。

>いろいろなことに、逃げ道は必要

私もね、ゆるねねさんと同じように思ってる。でも、その逃げ道が何なのか、時と場合によって何千と言う種類があるんだろうけど、自分の中で掴みきれていない。  自分で焦っているんだと思うの。  これと言って確たる逃げ道がわからずに子供を叱ることに。
それが、考えても考えても答えに行き当たらないことに。

もういい加減、自分のばかさ加減に自分で業を煮やしてんの。  どうしてわからないんだろう?  わからないのに子供を叱ってる私って何?

ゆるねねさんだったらこの感覚、わかってくれると思うんですけど、何か思うことがあって自分に大地に自然に、問いかけているのに答えが降って来ない焦燥感みたいなもの。
考えの深さが足りないのかなあ?!
こんなに長く抜け出せないのは初めてかもしれない・・・。

>突き詰めていく

この言葉、ちょっと心にざわざわ来てます。

【2006/05/17 17:57】 URL | SNAFKINわたこ #AjaIIGEw[ 編集] | page top↑
ぐっさん。、こんにちは。
ヒントありがとうねー!

>話を聞くこと、考える時間を与える、何でそうしちゃったのか 何でそうなっちゃったのか 一緒に反省すること が必要なんじゃないかな って思います

そうなんだよね。  この一緒に反省するっていうのは大事だなあと思いました。  もしかするとしたことないかも・・・相当冷や汗もんの私だわ! 子供より上の観点から物申すではなくて、一緒に振り返るのね?

うんうん。いい事教えてもらった。
ありがとうございます。  やってみる!
自分で逃げ道がわからないから、とにかくやってみる!  今度叱るときに絶対試してみるわ!

【2006/05/17 18:08】 URL | SNAFKINわたこ #AjaIIGEw[ 編集] | page top↑
こんばんは~
きんたろうさんは冷静な見方をされる方ですね。
すごいと思いました。
私も叱ってから やってしまったと 後悔することがよくあります。
相手のことより自分の感情が先行してしまうんです。
そんな時は後で子供にフォローすることにしてますが、もう遅いのかなi-229
変ですが、子供が小さい時は怒った後 フォローする時二人して泣いてましたぁ。
最近は泣かなくなったなぁv-290
【2006/05/17 20:31】 URL | ゆき #-[ 編集] | page top↑
doborinさん、こんばんは。
根本的に、叱ると怒るは違うとわかってはいるのですが、叱るの元となる感情を考えた場合、やはり怒るかなあと思うのです。  
こうやって皆さんに問いかけてコメントをいただいて、その繰り返しの中で自分の考えがまとまっていくと言うか、ぼんやりと形が見えてくる気がするのです。

言い訳と説明、釈明も確かに難しいですね。
言い訳・・・自分の不利になる事実はさておき、自分の保身のためのみに言葉を操ること
説明・・・感情的にならず、客観的に事実のみを伝えること
釈明・・・ん~、言い訳とほぼ同じになるのかなあ?

また考えてみるね。
言葉一つにしても、そこには感情や思い入れが存在するからその意味を考えるとき、考える人によって違ってくるんでしょうね。
【2006/05/17 21:03】 URL | SNAFKINわたこ #AjaIIGEw[ 編集] | page top↑
こんばんわw

怒る、叱る・・・。
確かに、「怒りの感情→叱る」も言えると思います。
ただ、「怒りの感情→**」の**は、叱る以外にも一杯あると思います。
そして、「**→叱る」の**には、「愛情、心配」が必ず含まれていると感じます。

後、「逃げ場」の事ですが、
僕的には、「愛情があれば、それ程、考える必要は無いかも??」と思います。

何故なら、愛情を持って叱った側は、
後で「叱りすぎたかな?ちょっと可哀相だったかな??」
っと考え、意識しなくても、優しさで包もうとする「本能」が出てくる、と思うからです。

その時、叱られた側は、きっと、心が開放される、と思うのです。
ただ、これは、普通の親子関係なら、自然に行われている事、と思うのです。

これが、自然に行われない親子関係って言うのは、
ある意味、昨今、話題になっている、
Adult Children of Dysfunctional Family (機能不全家族)って問題もあるのかな?
って思ったりする面もあります。
【2006/05/17 21:36】 URL | 無常新之助 #iLhlKqZk[ 編集] | page top↑
SNAFKINわたこさん、こんばんは。
今、きんたろうさんのとこに行ってきました。
素敵なブログ教えてくださって、ありがとう。

わたこさんの?に私なりに応えることはできるけれど、もうちょっと待ってますね。
それが、今、私ができる答えだから。
【2006/05/17 23:23】 URL | ゆるねね #-[ 編集] | page top↑
ゆきさん、おはようございます。

そうなんだよね~。  感情が先行しちゃうの。  でも、それくらい母は怒ってるんだって子供にわからせるのも、叱る一つの方法だと聞いたことがあります。
「お店の人に怒られるからしちゃ駄目よ」 
これは間違ってるよね。  そう言ってる本人が怒ってないと叱ることにならないと思うんだよね。  言い方もも違ってるし・・・。

叱り方がまずかったとか、反省もたくさんするよ。  こんなこと一杯一杯考えて親になっていくのかなあ・・・?!
【2006/05/18 08:30】 URL | SNAFKINわたこ #AjaIIGEw[ 編集] | page top↑
おはようございます、無常さん。

結構自分がこだわっているのが、A.C.に絡んでいるからかもしれない、とも思います。  だから、生む性の責任として今の家庭環境を漠然として不安に思っているのかもしれない、・・・。
でも、どこの家庭においても親が子供を叱る場面はあるわけだから、そういう付属環境はおいといて、純粋に子供を叱るということについて考えているの。  夫の飲酒問題を自分の逃げ道には使わない!  リンクして考えるのはちゃんと考えるけど、夫のことがあるから子供への対処はこれくらいで、なんてことは私の中では有り得ない!

私が危惧してるのは、不当な理由で怒った自分を子供を叱ると言う行為で正当化していないかと言う事のような気がしてきた。  書いててなんとなくそう思った。 
結局自分の心の問題なんだけどね~・・・。
ありがとうございます。  こうやって書きながら自分なりの方向性を探すことに協力していただいてることに、深く感謝します。
【2006/05/18 08:51】 URL | SNAFKINわたこ #AjaIIGEw[ 編集] | page top↑
ゆるねねさん、おはようございます。

ありがとうございます。
答えが降って来るまでが長いからと言って焦ってはいけないと思いつつも、やっぱりじれてますね~。  きっと、昔からずーっと心の中で気になっていたのに向きあおうとしなかったから、気になっていた期間分は考えなくちゃいけないのかもしれませんね。
とりあえず、自分の心に投げかけましたので、どこかでアンテナにかかってくれることを願っています。

応えてくれる人がいるってわかっただけでも、心ってホッカリ暖かくなるんだ・・・。
【2006/05/18 09:00】 URL | SNAFKINわたこ #AjaIIGEw[ 編集] | page top↑
こんにちわw

>夫のことがあるから子供への対処はこれくらいで・・・

うん、うん、それで良いと思いますよwww

>不当な理由で怒った自分を子供を叱ると言う行為で正当化・・・

なるほど・・・。
まあ、そこまできちんと考えられる、SNAFKINさんなら、
もし、そう言う怒り方をしても、必ず後のフォローがあると思う。
だから、SNAFKINさんに関しては、問題無し!って感じを受けます。

ACって最近、良く聞きますよね・・・、
僕なりのACについての考えを少しだけ・・・。

まず、結論から、
Adultchildren of Alcoholicsって言われていた1970年代の観念で言うと、
子供の将来を危惧するほどの影響はそれ程無い、と考えます。
そして、
Adultchildren of Disfunctional Familyと言う現在の意味を考えると、
虐待等の問題も絡んできて、そんな場合は、ここで書くのも躊躇するような、酷いケースもあるだろうから、
やはり、色んな影響が出るかな?と思います。

僕自身の経験言うならば、
僕の父は大酒飲みで酒乱だった、
そして、僕もアル中になった・・・。
しかし、それは、決して父の影響ではない、と断言出来ます。
もし僕が、ACなら、一種病的にアルコールを恨み、
もっと、屈折した人間になっていたと思う。

アル中になった僕は、要は、自分で好きなアルコールを飲んだだけの話。
って事です。

【2006/05/18 14:18】 URL | 無常新之助 #iLhlKqZk[ 編集] | page top↑
おひさしぶりです
20日ほどブログから遠ざかっていました
仕事が忙しすぎたからです

いつも物事に真っ向から取り組む姿勢に感心しています
私も若い頃、こどもたちをよく怒りました
叱るのではなく、感情に任せて怒ってしまうのです
そのたび幾度後悔したことか・・・
いつも本当にこどもの為だけに怒っていたのか・・・
時とともに立場は逆転
ときには娘たちに諭されている私がいます
手探りの人生ですが、がんばってね
【2006/05/23 21:37】 URL | ふたばこ #-[ 編集] | page top↑
こんにちは、無常さん。
ごめんなさい、お返事が異常に遅くなってしまって・・・。

ちょっと指先を痛め、PCを打つのが出来なくなっていました。  そんなに力を込めてキーをたたいているわけでもないのに、ズキンズキンとする痛みに耐えられず、無常さんには失礼をいたしました。

>アル中になった僕は、要は、自分で好きなアルコールを飲んだだけの話。って事です。

さすが無常さん、きちんと認識なさってる。
私もその通りだと思います。  世代間連鎖も世間ではよくいわれていますが、それはその人・その家族の認識度によってかなり変化に富んだものになると思います。
自分の状況をちゃんと分析した上で、次の世代への対応を考えるのが私達親の役目なんでしょうね。

私の夫にも、無常さんのように深く考えてくれることと願っているのですが、夫婦といえども思考回路は別物ですから、自分のことをわかってもらうのも相手のことを理解するのも大変ですね。

まだまだ修行の足りないSNAFKINです。
【2006/05/24 11:12】 URL | SNAFKINわたこ #AjaIIGEw[ 編集] | page top↑
こんにちは、ふたばこさん。
お仕事お疲れ様です。

ふたばこさんのブログからは、自然への愛情とともに、お子様達やお孫さん達への愛情もしっかり見えてますよ。  若輩者がこう言うのも大変気恥ずかしいのですが、お仕事の様子、周りの自然の様子、そしてご主人と進める共同作業の様子から、ふたばこさんのにっこりしたお顔が見えるような気がするんです。

本当に手探りの人生ですが、こうやって励ましてくださる方もいらっしゃるわけで、何とかまた前に進んでいけると思っています。

お疲れがたまりませんように・・・。
【2006/05/24 11:22】 URL | SNAFKINわたこ #AjaIIGEw[ 編集] | page top↑
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2006/05/31 13:46】 | #[ 編集] | page top↑
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